しんままですが

母子家庭のリアルな生活日記です。

離婚してからの私の仕事

娘が2歳前後で離婚し、市営住宅に入った私がしていた仕事は

お菓子工場で箱詰めをする作業。

 

工場を選んだ理由としては、人数が多いからっていうのが一番。

ちなみに、時給は800円とかそんな感じで

週5の9時から16時勤務だった。

 

仕事内容はいたって単純で流れてきた箱に

お菓子をつめるだけ。

 

ただ、これラインの流れが意外と早い。

なめてた。

びびった。

 

お菓子を入れようとして手間取って

そのままお菓子を入れられないまま箱が行ってしまうことも。

 

周囲は50代60代のおばちゃんばっかりで

当初は辛く当たられてた。

 

工場の人間関係は最悪だよ、みたいなこと聞いたことあったから

こんなもんだろうなって思ったけど

辞めたい、なんでこんな仕事しなくちゃいけないんだろうって思ってた。

 

新人さん同士で慰めあってた。

 

でも、はじめてしばらく経つと、ラインの速さにもなれ

お菓子を入れられるようになっていった。

 

私が当時勤めてた工場は

新人さんは3ヶ月間リボンを制服につけるため「リボンさん」と先輩方からは呼ばれていて

「これだからリボンさんは……」「はぁ、リボンさんだからしょうがないよね」

みたいなことよく言われてた。

私だけじゃない、リボンさん全員。

 

こんなところに長く勤められるのかなって不安だったけど

ミスしなくなると先輩方の風当たりもやんできた。

 

とはいえ、やっぱり怖いものは怖い。

特に怖い人はリボンさんの中では要注意人物だった。

 

 ちなみに、私が工場で作ってたのは

お土産用的なやつ。

 

 

私の日給より1つの値段が高いお菓子を作ってるかと思うと

なんか……ね。

 

ああ、1日ここで働いても私はこのお菓子を買えないのか……って思うとむなしくなったわ。

 

先輩は怖い、短時間だから給料は安い、自分の日給より高いお菓子を作ってる。

 

考えれば考えるほど辞めたい……

でも、その当時保育園に預けていた娘はよく熱を出していた。

就業中に保育園から呼び出しの電話が何度もあった。

 

そのたびに頭を下げて帰らせてもらったのだが

先輩方は怖いけど、嫌な人間ではない。

ほとんどの人が母親で、自身も子育てで苦労した経験があるのだと思う。

保育園からの呼び出し電話がかかってくると

みんな嫌な顔せず帰してくれた。

 

工場をやめなかった理由はこれが一番大きい。

 

例えばこれがコンビニやファミレスなどの接客だとしたらどうだろう。

1人かけただけでも残された人の負担はだいぶでかくなる。

 

でも工場は人数がいる。

1人や2人ぐらいの人員を余裕でカバーできる。

 

ただ、もちろん娘が大丈夫なときは帰してもらえた分を返していた。

残業をしたり、みんなが遠ざける作業を買って出たり。

 

その行いが功を奏したのか、娘の病気で一週間休んでも

誰も嫌な顔しなかった。

(実際は陰で何か言われてたかもしれないけど……)

 

そんなこんなで、勤め始めた当初は辞めようと思ってた工場も

なんだかんだで続けられた。

 

お子さんの小さい方はまじで工場をおすすめする。

もちろん、それ以前に勤めていた企業があったり専門職につけるなら別だけど、

私は大した学歴も職歴もなくつかえる資格もなかったから。

 

工場には本当にお世話になったな。